住所:北海道十勝(帯広市)
年齢:51歳
職業:ケアマネジャー
(居宅介護支援事業所勤務)
趣味:ビールを飲みながら話す
社会福祉士めざし勉強中。
メール:nobsan_mail@yahoo.co.jp
さすがに12月です。

朝、車のフロントガラスが霜で凍り
すぐには発進できなくなりました。でもまだ、積雪がないので助かっています。
これも十勝の良さですね

日本では高齢者の感染事例はまだ無いようですが、抵抗力や体力が弱い人に感染が広がらないよう予防策をとることが大事ですね。
インフルエンザウイルスは外殻が脂質でできているため、石けんに触れると破壊されるそうです。
私の職場は、デイサービスセンターやヘルパーステーションが併設されている事もあり、外出先から事務所に戻ってきたときは必ず石けんで手洗いをするのがルールになっています。
今はまだ関西での感染報告ですが、いずれは北海道にも上陸すると思って間違いないでしょう。用心したいと思います。
今日のところは、広告カットのための更新です。
いずれ、中身のある記事をアップしたいと思います。
九条の会・東大などが主催して6月に開かれた講演会で、財界の重鎮・品川正治さん(経済同友会終身幹事)が、ご自身の戦争体験と平和憲法との出会い、今なぜ憲法9条を守る運動に参加するのかをお話しされています。
原爆の日に、犠牲者を想い平和への誓いを新たにしました。
品川正治氏が語る「私の戦争体験」
私は召集令状を受けて、中国河南省の洛陽から西安にかけての戦争に行ったんです。私自身、擲弾筒を扱う一員として、非常に厳しい戦争を何度も経験しました。敵の迫撃砲の直撃を受けて3時間も4時間も戦線に横たわっていた経験もございます。
戦争を語れない理由
私は80歳ぐらいになるまでは、こんな形で自分の戦争体験を話したことはありません。私にはちょうど皆さんと同い年くらいの孫娘がおります。その孫娘に、戦争の話をどう伝えるかは、私の大きな大きな最大の課題であったのです。
しかし、なかなか戦争の話っていうのは出来ません。出来ない多くの理由があるのです。
一つは、私はあの日本の戦争のいわば悲惨さというのを、いろんな形を知ってる訳なんですが、私の戦争体験がおこがましくって言えないっていうほどの醜い戦争、戦場があった訳です。
ガダルカナル、ニューギニア、フィリピンのレイテ、インドのインパール、ああいう作戦に参加された方の前で「僕も中国で擲弾筒の投手として戦闘しておったよ、敵の弾をに当たって今でも破片が足に残ってるよ」なんてこと、おこがましくて言えないっていうことです。
戦死された方は、戦死とひとくくりにされていますが7割から8割が餓死です。しかも、食べ物がなくて戦死したんじゃないんです。南方ですから、密林というのは道に生える緑のものがたくさんあります。しかし、それを探す気力、体力が無くなって、「ここでもう最期にしたい、さよなら」と言ったその日を戦死の日としているような訳なんですね。
もう一つは、硫黄島、沖縄、サイパン、アッツ島、そういう戦場におった人々、この人たちは玉砕しか道はない。それを覚悟しながら毎日毎日戦っている。勝つなんてことは見通しゼロ、にもかかわらず戦闘を続けてこられた人の前で「私も戦争しましたよ」というようなことは言えないということです。
ただ、もっと深刻な理由があるんです。それは「どうしてあなただけ助かったのか」と言われたら、絶対言えないんです。戦後60年以上、トラウマを抱えて生きてきた人に話してもらうのはすごく難しい。
私自身も、はっきりとトラウマを持っています。中国の戦線、激しい戦闘の中で、10メートルそこそこしか離れていない隣の塹壕で、戦友の一人が「やられた」っていう大きい叫び声を上げたんです。私の壕にペアでもう一人の兵隊がいました。私が助けに飛び出そうとすると、首を激しく横に振って「今出たら殺される」。敵弾がやまずに飛んでくるからです。それで、私は見殺しにしてしまいました。
戦後、戦友の母親が私のところへ訪ねて来て、「息子の最期を知っておられるのは品川さんだけだと聞いた。最期を話してくれ」と言われました。私は顔を上げることさえ出来ませんでした。そのトラウマというものを私としてはずっと抱き続けてきたわけです。
しかし、本当の戦争体験を持っておられる方というのは、ほとんど亡くなられた。私は戦争の本当の体験っていうのを話す義務があるのではなかろうか、そういう気持ちを自分で打ち消すことは出来なかった。それで話すことにしたのです。
日本国憲法との出会い
私の場合、中国から仙崎に引き揚げたのですが、そこで、古いぼろぼろの新聞が全部隊に配布されました。それは、日本国憲法草案が発表された日の新聞でした。
「お前達はこれから故郷に帰る。しかし、日本国はこの憲法草案がもう既に発表されて、これから11月の公布に向かって国会でも議論される。よく読んでおけ」ということで各部隊に配られたのです。
それが、私の最初の日本国憲法との出会いでした。「品川、大きな声で全員に聞こえるように読め」と言われ、読み役を仰せつかりました。
読み続けて第9条のところにいくと、全員が急に泣き出したんです。私たちは310万に及ぶ日本人の命を失い、2000万を超える中国の人達を苦しめ命を奪い、広島、長崎で瞬時にして20万近い人を失ったこの戦争、二度と戦争だけは戦争だけはしない、そういう生き方をこれから日本はせざるを得ないだろうと想って帰ってきたわけです。
よもや憲法で「戦争を放棄、陸海空軍は持たない、国の交戦権は認めない」そこまで書いてくれるとは全く想像できなかった。そこまで読んだら皆泣き出し、私自身も読み続けることは出来ませんでした。
戦争を体験して、私が一番はっきり悟ったことは、何のために敵を攻撃したのかと言うこと。それこそ、あっけにとられるような失望感を感じたのです。
戦争というものは、考えてみると天災でもない、抽象的な国家が起こすものでもない、戦争を起こすのも人間、それを許さず止めることが出来るのも人間だ、これが私の一つの心情になりました。
「人間の目で戦争を見る国」「人間の目で経済を見る国」これが私が終生望み続けたことです。
しかし、もうわたしの年齢は、そういうことを実際に目で見る年代ではなくなりました。正直に自分のトラウマを告げ、また日本国憲法の持っている意味を告げ、若い皆さん方に声を託す以外に方法がないというのが私の現状です。
(民医連厚生事業協「共済だより」2008.8.1より転載)
※品川正治(しながわまさじ)さん
東京大学法学部卒、日本興亜損保(旧日本火災海上保険)の社長、会長を経て、相談役。経済同友会副代表幹事、専務理事を経て、終身幹事。双日株式会社監査役。国際開発センター会長。
改憲の世論づくりの先頭に立ってきた読売新聞の世論調査で、1993年以来つねに、憲法改正派が反対派を上回ってきたものが、今回、わずかな差とはいえ逆転したそうです。
読売新聞は社説で「憲法改正問題に正面から取り組もうとしない民主党の姿勢が、支持層の改正派減少をもたらす一因」などと分析していますが、私は、国民に犠牲を押しつける自公連立政権の悪政や、米軍・自衛隊の事件事故・不祥事が続発する中で、生活の安定と平和な社会を望む声が、国民の中に急速に広がっているからだと思います。
以下、「九条の会メルマガ44号」からの転載です。
時事通信によると、たばこを吸わず、運動し、酒を適度に飲み、野菜と果物を毎日食べるという4つの生活習慣を守ると、全く守らない場合に比べて14年間長生きできる勘定になると、イギリス・ケンブリッジ大学などの研究チームが医学誌『プロス・メディシン』に発表したそうです。
1993年~97年に、がんや循環器疾患にかかったことがない45~79歳の男女2万人を対象に、4つの生活習慣の有無を回答してもらい、2006年までそれらの人達を追跡調査して生死を確認したとのことで、健康に良い要因の相乗効果が明らかになったのは珍しいといいます。
ちなみに、4つの生活習慣は、
【1】禁煙…タバコを吸ったことがないか、吸っていたが禁煙した。
【2】運動…サイクリングや水泳などを1日30分以上する。
【3】適度の飲酒…缶ビール1本またはワイングラス1杯を1週間に1~14本(杯)まで。
【4】野菜と果物…毎日5皿以上(一定の血中ビタミンC濃度が摂れる量)
私の場合、【1】の禁煙は26年前からクリア。【3】の適度の飲酒はしばしば二日酔になることがありますが、まあOKでしょう。【4】野菜・果物はせいぜい1食1皿程度でしょうか、もっと摂らなければ…。問題は【2】の運動ですね。これを克服しないと長寿は望めないようです。わかってはいるのですが……。
さて、憲法について、ファッションジャーナリストのピーコさんが書かれたメッセージを見つけましたのでご紹介します。
私は、戦う
私ってなんて脳天気で、おっちょこちょいなんだろう、21世紀になったら本当に戦争のない世紀になる。いや世界中の国が平和に向かって努力するような地球になるって思っていたのだから!
21世紀になってから世界中の争い事がパンドラの箱を開けたように勃発しているじゃない。本当に なんてお気楽なのと、いつも自分に問いかけているのです。
太平洋戦争の終わりに近い頃、この世に生を受けて、横浜の街の空襲の時には、祖父や母の背中にくくりつけられ、寝んねこ半天の上に布団をかぶり、その上から何杯もバケツで水をかぶって、火の粉が舞い飛ぶ火の海のなかを家族で逃げたというのです。
安全な場所に着いておんぶを解かれても真っ赤な顔で泣きもしないので、両親が顔や体を叩いてやっと泣き出したので、生きているのがわかったという話を何度も聞いて育っているのです。
小さな頃から戦争は恐いもの、人間の愚かさが起こすものと思っていました。
世界中に戦火が広がっている中で、戦争を放棄する憲法を保持している国があるって大切なことじゃないかしら。戦争はいつでも弱い立場の人間ばかり苦しめているじゃないですか。
私は毎年、石井好子さんの主催する「難民の子ども達を救うチャリティー」のシャンソンの会でお手伝いをさせてもらっています。
もう10年はとうに過ぎたのに、難民の数は毎年増えるばかりです。難民キャンプで暮らす子ども達の、写真で観る”怯えたような大きな瞳”の奥を覗くのが悲しいのです。
戦争を起こしている国の偉い人達はどんな大義を喋ったとしても、本当の姿は欲からの出発だと思っています。
戦争を起こしたり、戦いを行うべきだという人達も世界中にいっぱいいます。
そんな人達は戦争の悲惨さや欺瞞を暴かれることを極端に嫌います。戦争で得る利益や欲望が見えてしまうからなのです。どんな綺麗事を言っても究極は醜いものなのです。戦火のない地球を作るためにこそ戦います。
(「いつでも元気」2008年1月号より)
今朝(2007.8.8)の北海道新聞のコラム「卓上四季」から引用です。
米海兵隊員だったアレン・ネルソンさん(60)はベトナム戦争で敵兵や村人を殺した。村人が森に逃げても簡単に見つけられた。何日か待てば子供が飢えて泣くからだ。遺体は男女、子供に分けて山と積んだ。
ある日、逆に自分たちが攻撃された。逃げた壕の中で村の女性がおびえている。やがて信じられないことが起きた。女性が出産を始めたのだ。殺し方ばかり教わったネルソンさんは助け方を知らない。それでも介助し、湯気の立つ赤ん坊が手の中に生まれ落ちた。
温かみを感じた次の瞬間、ネルソンさんは変わった。「ベトナム人も人間だ」。戦争を憎み始めた。いま日本各地で戦争反対を訴える。この体験も札幌市内の「九条の会」が招いた講演で語ったものだ。
原爆が落とされた広島のビルの地下室。負傷者たちがうめく暗闇に「赤ん坊が生まれる」と声が聞こえた。どうしたらよいのか。みな自分の痛みを忘れ気づかった。
うめいていた重傷者が言った。「私は産婆です。私が産ませましょう」。子供は生まれ、産婆は血まみれのまま死んだ。 <生ましめん哉、己が命捨つるとも>。自らも被爆した栗原貞子さんの著名な詩「生ましめん哉」である。
呼吸をし始めたばかりの小さな命が、命を奪う戦争の虚無を告げる。異なる戦いで異なる人種が感じた思いは共通したものだ。それは、生きとし生けるものへの賛歌でもあろう。
(c.北海道新聞)
6日、日本共産党の志位和夫委員長が国会内で記者会見し、自衛隊の「情報保全隊」による大規模な国民監視活動を詳細に記録した内部文書を独自に入手したとして内容を公表しました(写真)。
(内部文書全文は、
http://www.jcp.or.jp/tokusyu-07/19-jieitai/index.html の下の方に掲載されています)
今回明らかになったのは、北海道旭川市の自衛隊が初めてイラクに海外派兵された2003年1月前後の市民の集会や反対行動の様子を詳しく報告したもので写真も入っています。
実は私も、その直前の12月に、旭川市役所前で行われた「自衛隊派兵反対全道集会」に職場の仲間と参加し、プラカードを持って中心街をデモ行進しています。今回の資料はたまたま12月分が欠けていますが、私が参加した集会も間違いなく監視されていたでしょうし「海外派兵ハンタ~イ」とシュプレヒコールを叫んでいる私の姿もしっかり撮影されていたのではないでしょうか。
久間防衛相は国会での追及に「(監視の)どこが問題だ」と開き直り、集会やデモの参加者を撮影することも「当然の活動だ」「マスコミだってやっている。自衛隊が撮影してどこが悪い」と啖呵を切りました。
久間大臣がいかに強弁しようと、これらは違法行為です。
1969年に最高裁が憲法判断を下しています。デモ行進の様子を警察官が写真撮影したことについて最高裁は、「個人の私生活上の自由のひとつとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有する。少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されない」と判示して肖像権を認めているのです。
警察官であっても、具体的な犯罪行為がなければ写真撮影は許されていないのに、自衛隊なら何をやっても許されるとでも言うのでしょうか。
さらに問題なのは、反戦平和集会だけでなく、「年金」「医療費」「春闘」など国民生活を守るための集会や運動までも監視対象にしているという事です。いったい、年金や医療費のどこが「防衛機密」に当たるのでしょうか。
私たちはずっと以前から、「医療・介護制度改善」「看護師ふやせ」と街頭署名や集会を行っています。帯広にも自衛隊第5旅団がありますので、あるいは密かに監視されていたのかも知れません。
まるで戦前の「憲兵」の復活のようで背筋が寒くなります。
だからこそ、憲法9条は改悪させてはいけないと強く思うのです。
情報保全隊 陸海空の三自衛隊ごとに設置された防衛大臣直轄の情報部隊。主な任務は防衛秘密の保護と漏えい防止とされています。二〇〇三年三月に、それまでの「調査隊」を再編・強化して発足。調査隊では別個だった中央と地方の指揮系統を三自衛隊ごとに統合し、より中央で状況把握、運用が可能になるようにしました。隊員数は陸上自衛隊を主力とし、陸海空の三自衛隊で約九百人とされています。 (日本共産党ホームページより転載)
6日、厚労省が、全国のコムスンの介護事業所について、指定更新や新規開設を認めないよう都道府県に指示しました。コムスンは全国2000以上の事業所を持つ業界最大手ですが、これによって数年後400カ所に激減することになります。
コムスン側は早速対抗手段を打ち、系列会社に全業務を譲渡して行政処分を免れようとしています。
発端は、資格者がいないのに名義だけ使って開設申請し営業活動を行っていた事が監査で露見。指定取り消し命令が出る前に「廃止届」を出して施設を閉鎖、利用者を置き去りにしていったという悪質なものです。
東京の他全国で何ヵ所も摘発され、会社ぐるみの組織的行為と判断された事から、今回の厳しい措置が下されました。
介護事業所はどこも有能な人材を獲得するのに苦労していますが、コムスンは九州の事業所を開設する際に北海道の社員の免許証を使うなど、都道府県ごとの許認可システムの裏を突き、勤務実態のない社員ででっち上げた事業所を新規申請していたと言いますから、悪質を通り越して犯罪的です。
今回の事件で、全国6万人の利用者が影響を受けるそうです。不正をはたらいたコムスンの会社としての責任ははっきりさせなければなりませんが、現在介護を受けている利用者や家族、まじめに働いている介護職員には何の落ち度もありません。みんな被害者です。
介護保険制度導入の際に、コムスンのような営利企業が参入することには強い反対意見がありました。それを押し切って「民間の競争原理は良いサービスにつながる」と推進したのが今の政府与党です。厚労省は業者を切り捨てるだけでなく、国の責任で利用者や従業員の救済に取り組むべきだと思います。
今日は憲法記念日。「戦争放棄」「国民主権」「基本的人権尊重」を宣言した日本国憲法が施行されて60周年を迎えました。
政府与党は、この憲法を「時代遅れ」「押しつけ憲法」と決めつけ、第9条改悪をめざした国民投票法案の成立を推し進めています。
安倍首相は、憲法9条を「改正」することが、「世界に日本が示す国際貢献」だと言います。世界中の紛争地にアメリカの援軍として自衛隊を派遣することがグローバルパートナーシップだとお考えなのでしょうか。
私は、今の憲法9条をしっかり掲げ、武力によらない紛争解決を訴えていくことこそが、世界唯一の被爆国・日本政府にできる最高の国際貢献だと思います。
私と同じ思いで、2人の方が憲法について発言していらっしゃいますので、ご紹介します。
(※憲法9条誕生ケーキのイラストは「もぐのにじいろえにっき」から許可いただいて転載しました)
◆品川正治さん(経済同友会終身幹事)
「私は戦争の体験者です。戦地で戦闘し、負傷もした。戦争を体験してはっきり分かったには、戦争を起こすのは人間だということです。それまで、戦争は国家が起こしたものだと思っていたけれども、そんな抽象的な話じゃない。戦争を起こすのも、それを止めるのも人間なんです」
「大事なのは、60年間、国民がそれを守り通してきたということです。そのために、日本の主権の発動としては、たった1人の外国人も殺していない。世界第2位にまでなった日本の経済は、軍産複合体が誘導していない。先進国としては極めてまれな経済発展モデルです」
「戦争できる『普通の国』になる方が時代に合わない。20世紀の国家は軍があり、戦争できるのが当たり前だった。でも21世紀の世界の課題は貧困をなくし、疫病をなくし、平和を守ることなんです。われわれが子孫に残したい国は、軍を持ち、核を持つ普通の国なのでしょうか」
「忘れていけないのは、日本に改憲を求めているアメリカは、常に戦争をしている国だということです。イラク戦争では同盟を結ぶ英国を100%動員した。日本を動員しないのは、憲法9条2項の戦力不保持と交戦否認権があるからです。平和憲法は敵をつくりませんが、アメリカは敵だらけですからね」
(国民投票法案について)「私は決して悲観していない。本当の意味で国民の出番が来たんです。国民がもし憲法改正にノーと言ったら、アメリカは世界戦略を変えざるを得ない。そこに思いを致さない日本の支配政党は甘いな、というのが、アメリカの腹じゃないでしょうか」
※「北海道新聞」2007.5.3より
◆堤 未果さん(著作家・米国野村證券に勤務中「9・11」に遭遇)
イラクから帰還した若い狙撃兵は私に言った。「平和な国で暮らしてたとき、戦争では殺されたらゲームオーバーだと思ってた。だが実際に砂漠で人を殺させられて初めて知ったよ。死ななくても1人殺せば、自分の人生もそこでゲームオーバーなんだ」
9・11直後のアメリカ。メディアに不安をあおられた国民は愛国心という言葉にしがみつき、跳ね上がる軍事予算も戦争も支持していった。一方で政府は、格差を広げる法案を次々に通し、大学費用や健康保険と引き換えに入隊する貧しい高校生や、職を求める借金づけの国民が次々に戦場へ送られた。
徴兵制などなくとも戦争はできる。国というものは戦争によって貧しくなるのではなく、国内で格差を広げ貧しい者を捨て駒にすることで戦争を維持できるのだと、世界に向かって証明したアメリカ。
そのアメリカで今、イラク帰りの米兵たちが声を上げている。目的は「本当の敵」を知らせること。敵は政府?、大企業?、それともマスコミ? どれも違うと彼らは笑う。
「本当の敵は自分たち国民の無関心だ。それに気がついたとき初めて、俺たち市民が主役のゲームが始まる」。武器は?と聞くと驚くような答えが返ってきた。
「選挙と君の国の憲法9条。今イラク帰りの兵士たちの間で憧れなんだ」
国境を越えたゲームはすでに始まっている。守るべきルールは、1票の重みをあなどらないこと、声を上げられるうちは決して口をつぐまないこと。『敵を知ること』は、『誇るもの』をも教えてくれる。私たちはすでに手にしている、世界が尊重する貴いもの。
あきらめないかぎり、未来を選び取る自由はまだ残されている。
※「いつでも元気MIN-IREN」2007年5月号より
2ヵ月半も更新していませんでしたが、インフルエンザにかかることもなく元気です。
世間を騒がせているタミフルですが、4日、厚労省が、発売後6年間で飛び降りや転落など命に関わる異常行動が128件起きていたことを公表しました。うち8件は死亡事例でした。
※写真は中外製薬が販売している「タミフル75」(http://opencage.info/pics/より)
世論に押されて、ようやく公表しました。輸入販売元の中外製薬からは1079件もの「副作用報告」が厚労省に提出されていましたが、それらを危険な事例と認識せず、対応を怠っていたようです。でもこれは単純な厚生官僚の職務怠慢だとは思えません。
厚労省のタミフル研究班に所属する大学教授たちが、中外製薬から巨額の研究費を寄付されていた事実が次々に明らかになっています。
主任研究者の横田俊平・横浜市立大教授は1000万円、森島恒雄・岡山大教授は600万円を研究寄付金として受け取っていたそうです。さらには、データ分析した統計数理研究所の藤田利治・教授には1年間に6000万円もの巨額資金が提供されていたと言います。
タミフルは、スイスの製薬会社「ロシュ(Roche)」が製造する経口型抗インフルエンザウイルス剤で、致死率の高い「鳥インフルエンザ」にも対抗できる唯一の薬とされています。日本は世界中の流通量の7割を買い付けていますが、その輸入販売を独占しているのが中外製薬です。
何兆円もの莫大な販売益がフイになることを考えれば、研究者に1億や2億渡したところで痛くもかゆくもないでしょう。
製薬大企業と政府・厚労省の癒着構造は、今まで繰り返されてきた薬害事件(エイズ、スモン、サリドマイドなど)と本質的に変わりません。国民の生命と健康を守るべき厚労省が、今回も大企業の利益を優先し、人命をないがしろにしています。
一方でタミフルが新型インフルエンザの特効薬であることは事実です。安全な代替新薬が開発されるまでの間は使い続けなければなりません。
いま厚労省に求められているのは、タミフルの副作用を徹底的に調査・公表し、医療現場や国民に明確な使用基準を知らせることだと思います。
今朝の新聞に出ていました。昨日(27日)、松江市で開かれた自民党の決起集会での出来事です。
柳沢伯夫厚生労働大臣が「(女性は)産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と演説したそうです。
少子化の進行で厚労省は昨年12月、人口推計を下方修正しました。その時柳沢大臣は「子どもを持ちたいという若い人達は多い。その希望に応えられるよう、できる限りの努力をしていきたい」と話していたのです。
少子化問題は、決して女性の責任ではありません。わが家も当初、子どもは3人ほしいと思っていましたが、結果は2人です。長男が生まれた年に消費税が導入され、その後の税率引き上げ、医療費負担引き上げ、年金改悪など、これだけ次々に庶民いじめの政治が続けば、子どもがほしくても将来の生活を考えると怖じ気づいてしまいました。
「できる限りの努力をしたい」と言うのならば、安心して生活できる賃金、年金、社会保障を整備することが先決ではないでしょうか。厚生労働省はまさしくそれらの舵取りをする役所です。そこのトップの本音がこれでは改善は期待できそうもありません。早々にお辞めいただくのが日本の将来のためだと思います。
※写真は柳沢厚労相、自民党のホームページより転載しました。
沖縄米軍が26日、嘉手納基地で地元自治体の反対を押し切り、住民の抗議の声がひびく中、パラシュート降下訓練を行いました。
パラシュート訓練は兵士だけでなく兵器や車両も降ろします。基地を外れて民有地に降りることも多く、以前にはトレーラーが住宅密集地に落下して女の子が圧死するという痛ましい事故があったそうです。
96年の日米合意で、訓練は伊江島飛行場だけに限ることになっていましたが、約束は簡単にホゴにされました。軍関係者は「気象条件によっては今後も嘉手納で訓練する」と言っています。
米軍はこれまでにも98年・99年の2回、嘉手納基地で260人が参加するパラシュート降下訓練を強行してきました。
地元では抗議集会が開かれ「これではアメリカ占領時代と何も変わっていない」「日本政府は何故抗議しないのか」と怒りの声が上がっています。
同じ26日、通常国会開会にあたって安倍首相は「憲法改正の論議を深め(改定のための)国民投票法案の今国会での成立を強く期待する」と演説しました。国民意識から大きく外れた政治感覚しか持ち合わせない人を首相に戴いていることに不安と悲しみを覚えます。
※写真はWikipediaより転載しました。26日の訓練ではパラグライダーのような新型のパラシュートが使われています。
(リンクフリーの許諾をいただいていますので転載させていただきます)

●紙芝居 ももちゃんは一年生
~教育基本法「改正」を考える~
http://lunatique.fc2web.com/06kyouiku/
こうした作品をどんどん広めていきたいと思います。
明けましておめでとうございます。安倍首相が新年会見で「憲法改正をすすめるための法案(国民投票法)の審議を始める」と表明しました。
平和憲法9条を改悪させない運動をいっそう広げなければなりません。
ぴったりの映画が「マガジン9条」のサイトに紹介されていました。
『戦争をしない国 日本』です。
この映画は、日本国憲法の平和主義が、どのような状況の中で生まれ、制定以来約60年間、どんな役割と力を発揮してきたのか、それに対して政府は平和主義の規定を守ってきたのか、その規定は日本社会にどのような影響を及ぼしてきたのか、国際社会でどのように評価されてきたのかを歴史的映像も交えて解明しています。
伊藤真氏、香山リカ氏などが「普及を成功させる会」の呼びかけ人代表になっています。
予告編(5分)が公開されています。こちらから見られます。
http://www.filmkenpo.net/sample_movie.html
この映画の監督・片桐直樹さんのインタビューはこちらです。(「マガジン9条」)
http://www.magazine9.jp/interv/katagiri/index.html
映画のホームページはこちらです。
http://www.filmkenpo.net/index.html
仕事が忙しいからとブログの更新をサボっているうちに、教育基本法の改悪法案が国会で与党(自民・公明)の強行的多数決により成立してしまいました。
私はとても悔しくて、正直なところ数日間落ち込みました。この調子で「憲法9条」まで多数決でつぶされてしまうのだろうかと不吉なことを考えたりもしました。
でも、いつまでも悲嘆に暮れていると、改憲勢力の思う壺にはまりますので、気持ちをポジティブに切り替えて頑張ろうと思います。
さて、そんな折り、いつも立ち寄る早瀬さきさんのブログに、「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」のアピールが転載されているのを見つけましたのでご紹介します。
(上のイラストも「全国連絡会」からの転載です)
広大な空がアメリカに占領されているとは知りませんでした。
東京を含む1都8県に広がる「横田空域」です。米軍横田基地が航空管制しているため日本の飛行機は許可なく立ち入ることが出来ません。
図のように、羽田から西日本に向かおうとする飛行機は、ヒマラヤ山脈並みの5500メートルの高さを乗り越えて飛ばなければならないのです。(図は東京都知事本局HPより転載。クリックすると大きくなります)
今日、妻と一緒に庭(兼・家庭菜園)の草木の片付けをしていたところ、目の前にふわふわと白いものが舞い降りてきました。「雪虫」です。北海道人は、この虫を見ると「もうすぐ、寒~い冬が来る」と覚悟させられるのです。
十勝は昨日、初霜と初氷を観測しました。それにぴったり合わせた雪虫の飛来です。
雪虫は、羽の部分を含めても体長5㎜ほどのとても小さな虫です。腹の部分に綿毛のような真っ白な分泌物をつけ、大群でふわふわ漂うように飛ぶため雪が舞っているように見えます。
アブラムシ科の昆虫で、夏のあいだはトドマツなどの樹液を吸ってひっそりと生きていますが、朝夕の急激な冷え込みを感じて、ヤチダモなど別の樹木に一斉に引っ越しする習性があるため、この時期だけ姿を目にすることが出来ます。晩秋の風物詩ですね。
飛んでいる姿はとても幻想的な風景なのですが、私などは、あの厳しい冬が想像されて身震いしてしまいました。
「戦争反対!」と言うのはやさしい
みんなが同じことを言うから
戦争が始まりそうなときに
「戦争反対!」と言うのはちょっと難しい
味方があまりいなくなるから
戦争が始まってしまったら
「戦争反対!」と言うのはとても難しい
ひとりぼっちになる覚悟がいるから
(2005.1.26 (C) 早瀬沙樹)
